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沈黙の訪問
エリディアムの片隅にあるクレスウェル家。薄曇りの空が、静かな家に重い空気をもたらしていた。アレクサンドル・ヴァン・エルドリッチは、クレスウェル家の庭の門の前でしばし立ち止まり、深い息をついた。
リディアが失踪してから数ヶ月が経っていたが、その影響は未だに心を締めつける。彼女の行方は不明のままで、かつての仲間であり友人であったアレクサンドルの心には、途方もない喪失感が残っていた。だが、彼以上にその重みを感じているのは、彼女の家族だと知っていた。
「エリーナは大丈夫だろうか……」アレクサンドルは心の中で彼女の名前を呟いた。
庭を通り、ドアを軽くノックする。しばらくして、エリーナがドアを開けた。まだ幼さが残る顔には、以前のような元気さは失われていたが、それでも精一杯の笑顔を見せようとしているのが分かった。
「アレック……来てくれてありがとう」エリーナはかすかな声でそう言った。
「久しぶりだな、アレック」その背後から、レオンの低い声が聞こえた。レオンはアレクサンドルに無言で頷き、黙って家の中へと招き入れた。
アレクサンドルは優しく頷き、エリーナの肩に手を置きながら、レオンの強張った表情を見逃さなかった。彼もまた、リディアの不在に苦しんでいるのだ。強さを装っているが、彼の心の奥には妹への心配と苛立ちが積み重なっていることをアレクサンドルは感じ取っていた。
「リディアがここにいたら、きっと君たちを誇りに思うだろう。君たちが強く生きていることが、彼女にとって何よりの支えになる」アレクサンドルは静かに、二人に向けて言った。
エリーナは一瞬、涙を堪えながら俯いたが、再び顔を上げた。「姉さんは……きっと戻ってくるよね?」
アレクサンドルは答えられなかった。彼自身もそう信じたいと願っていたが、現実は厳しい。だが、今エリーナが必要としているのは、希望の光だった。
「もちろんだ、エリーナ。リディアは強い戦士だ。何があっても、彼女は必ず戻ってくる。君たちも、その日まで強く生き続けてほしい」
その言葉に、エリーナは少しだけ安心したように見えた。アレクサンドルは彼女の肩に手を置いたまま、クレスウェル家の中へ招かれ、家族と共に過ごすことにした。レオンもまた、無言のままアレクサンドルを迎え入れ、黙々と食卓の準備を手伝っていた。
その夜、家を後にしたアレクサンドルは、一人で星空を見上げた。リディアの不在が彼の胸に残る穴は大きかったが、彼は決して諦めなかった。彼女の家族に希望を与えることが、彼自身の支えにもなっていたのだ。
「リディア、どこにいるんだ……必ず見つけ出してみせる」アレクサンドルは心の中でそう誓い、静かにその場を立ち去った。