カストゥムの夕暮れ時、街全体が赤く染まり、賑やかな市場の喧騒が徐々に静まり始める頃、リディア・クレスウェルは騎士の訓練を終え、商業地区の端にある静かなカフェに足を運んでいた。彼女の目には常に使命感が宿っていたが、この日は少しばかり特別な時間を楽しむために訪れた。

リディアの目の前には、古くからの知り合いであるアラン・ヴェルガという名の男性が座っていた。彼はカストゥムの市内で有名な魔導技術のエンジニアであり、リディアとはかつて共に冒険した仲だった。アランは、リディアの凛々しい姿勢と誠実さに惹かれており、彼女に思いを寄せていた。

「リディア、久しぶりに話せて嬉しいよ。今も危険な任務に追われているんだろう？」

アランが柔らかい微笑を浮かべながら尋ねると、リディアは少し視線を落としながら答えた。

「ええ……今も新たな使命に備えているところ。だけど、今日はそんなことを忘れて、少しだけ安らぎを感じたくてここに来たの」

彼女の言葉にはほんの少しの疲れが滲んでいたが、アランに対しては決して弱さを見せまいとしていた。しかし、アランは彼女の気持ちに気づいていた。彼はそっとリディアの手に触れ、その手を優しく包み込んだ。

「君がいつも背負っているものは重い。だけど、君が一人で抱え込む必要はない。僕も君のそばにいる、ずっと」

その言葉にリディアは一瞬戸惑った。彼女にとって、感情を他人に見せることは滅多になく、特にアランのような友人に対してはなおさらだった。しかし、その瞬間、彼女は自分の中に抑えていた感情が溢れ出すのを感じた。

「アラン……ありがとう。でも、私は……」

リディアが答えようとしたとき、彼女の胸に突然強い使命感がよぎった。これから訪れる危険な任務、そして自分が立ち向かうべき運命。それを考えると、アランとの幸せな未来が自分には許されていないような気がした。

「私は、いつまでもこうしているわけにはいかないの。いつか、きっとあなたとは別の道を歩むことになるわ」

アランはその言葉に静かに頷いた。彼もリディアが背負っている運命を知っていた。それでも、彼女を支えたいという気持ちは変わらなかった。

「それでも、君の道を見守ることができれば、それで僕は十分だよ」

その夜、リディアとアランは静かに語り合いながら、穏やかな時間を過ごした。リディアは、彼に対して抱いた感情を心の奥底に閉じ込めるように努めたが、ほんの一瞬、彼の優しさに心を開くことができた。彼女の心には、アランとの短いひとときがいつまでも温かく残り、やがて彼女が行方不明になった後も、彼の心に深く刻まれることとなる。